大学というところは、みなさんはなんとなくわかっていると思いますが、正確に言えば、学校教育法第五十二条のとおりです。しかし、昔の大学と今の大学とは、かなり違ってきています。大学の数も大学へ進学する人の数も、大学側から見た教育の在り方なども、昔とは大きく変わってきています。「学士さまならお嫁にやろうか」と言われた時代、大学生というのは、社会のエリートであり、ホワイトカラーだったのです。最近は、ホワイトカラーなどという言葉はめったに使われませんが、ホワイトカラーというのは、ブルーカラー、すなわち工員さんとか、職人さんとか、食堂のコックさん、給仕さんなどに対して、大学出のピシッと白いYシャツにネクタイをした人たちのことをホワイトカラーといったものです。今は、大学卒などというのは珍しくもなんともありません。二人に一人が大学・短大へ行く時代では、「学士さま」の評価も暴落です。
ことわざ・慣用句の教材には「相槌を打つ=……、青筋を立てる=……、青菜に塩=……」と、暗記項目が何ページにもわたって延々と並んでおり、見ただけで嫌気がさします。こういう場合、「完全マスターすべきだ」「取りこぼしは許されない」などとは絶対に思わないでください。思った途端に恐怖感が生じて教材が敵に見えてきます。そこで「まったく知らないもの」の多さに愕然とするのではなく、「知っているもの」「聞いたことがあるもの」を見つけて○印、△印をつけましょう。このとき「まったく知らないもの」に×印などをつけると逆効果ですからいっさい無視します。したがって印が一つもつかなかったページを開く必要はありません。この作業は非常に気力を消耗しますから、必ず親子で一緒に行うことが重要です。そして一つ印がつくごとに「よかったね」と必ず喜んでください。たとえば一ページ三〇項目のうち○印、△印が各一個の場合、おそらく親は絶望的な気持ちになると思いますが、子供は当事者ですからもっと深刻です。ここで親が「二つ印がついてよかったね」と笑顔でいえるかどうかが運命の分かれめで、「まったく知らないものがこんなにある!」といったら最後、子供の気力は崩壊します。ことわざ・慣用句に代表される単調な暗記作業では子供の気力を盛り立てることが最重要課題ですから、大人の絶望感や焦燥感は大人自身が黙って飲みこんでください。ここが大人のふんばりどころです。
日本では、文法は誰でもできるという錯覚があります。日本人なのだから、日本語ができるのは当たり前という錯覚です。それでいて、現状では普通の論理的文章を読む練習さえしていません。実際は、日本語を正確に読むことができないのです。日本の教育の基本は、やはり「読み・書き・そろばん」のはずです。声に出して読みたいというレベルの名文の日本語より、まず普通の解説文が読めるようになるべきなのです。ここで冗談のように聞こえる深刻な話を一つしておきましょう。かつて、中学生や高校生はマンガばかり読んでいると、多くの大人が嘆いたものです。しかし、昨今では、マンガさえ読まなくなっているのです。少年漫画雑誌の発行部数は減ってきていますし、読者の平均年齢は上がってきています。すなわち、小学生の子どもたちはゲームやアニメのような字を読まなくてもよいメディアに熱中して、マンガの吹きだしに書かれている文字さえ読むことが面倒になってきているのです。結果的に、マンガ雑誌の読者が年齢的にどんどん上昇して、大学生や社会人にも蔓延しています。その彼らもマンガの文字を満足に読まなくなっていく可能性もあります。こうした現実は、深刻このうえもありません。
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